2010年10月13日水曜日

金沢文庫に行ってきたメモ

先日金沢文庫に行ってきました。
といっても今回も人の企画に乗ってふらふらついて行っただけ。
学芸員さんの案内付とあっちゃあおとなしくついて行くしかあるめぇ。

ちなみに金沢文庫というのは
図書館史に登場する古い文庫なんですが、
現在はごく普通の博物館(?)として存在しています。



ちなみに最寄り駅は金沢文庫駅。


金沢文庫の成立等について詳しいことは
ネット上のどこかにあるだろうから簡単にだけ書きます。

鎌倉時代の執権として有名な北条氏と系譜を同じくしている
金沢北条家(近くの港を管理する一族)の北条実時が
基本的に他人に貸出しない「一族のみの私文庫」として
作ったとされるのが金沢文庫です。 

鎌倉の武家文庫ではあったけれど、
京都で本を借りて写したりもしてたそうな。

隣に称名寺という名の寺があり、
そこが本を管理する司書の役割を担っていたとか。

とてものどかな良い寺だった。





(寺の裏側、敷地外の写真。
一見するとのどかそうに見えるけど、反対側を向くと実は普通の住宅街。
その様子はけっこう不思議。)


蔵書としては、
政治(が多数)、農業など実務的な資料を多数集めていたが
それ以外にも物語(例えば源氏物語)などもあったらしい。
鎌倉幕府の権力が衰退すると共に
足利学校や、駿河文庫→蓬左文庫などへの資料の流出があったとされる。

この流出に関しては
時の権力者に逆らえなかったためか、
財政基盤の問題で売却したか、およそそんなところらしい。


だいたいそんな感じ。
歴史の話は厳密性が求められがちなので、
なんとなくそんな話もあったという程度に読んでいただいた方がいいですね。



そして上にも書いた通り、
今回は学芸員の方にいろいろとお話を伺ったんですが
その中で聞いた話などをメモしておきます。

聞き間違い、書きとり間違いがあるかもしれないけどご容赦ください。

学芸員さんにお話し伺う機会が新鮮だったため
金沢文庫に関係なくおどろいた話とかも書いちゃう。


  • 金沢文庫では伊藤博文と陸奥宗光のノートを所蔵している。博文は金沢文庫を復興しようとしていたんだとか。
  • 所有している資料の写真を使った出版物は納品をしてもらっている。国語の教科書の吉田兼好は金沢文庫のものだったりする。
  • 金沢文庫が所蔵していた資料には蔵書印が押されている(鎌倉幕府崩壊後に称名寺で押したという説もあるとか。)ため、日本各地に散逸した資料の所在が分かることも。研究機関等の場合はマイクロ写真本を作成させてもらうこともあるが、個人が持っていると断られたりもする。明治時代には金沢文庫の印があると売れるとかで、偽造されたものもあるらしい。マイクロ資料本は、図書館の資料組織でいうところの「物理単位」で撮られているようだ。
  • 時の権力者が書簡などとして使っていた紙(お金持ちだけあって基本的には質が良いが、お金のない時代は質が悪いらしい)は、裁断などをしたうえで、寺の僧侶が裏紙を使っていた。その紙が後年発見され、貴重な「史料」を持つ場所として有名になった。
  • 史料としては一級品のものがあり、図書館学より、文学的、博物学的に大事な場所。文選の注釈書である文選集注(国宝)などもある。文選自体は足利学校に渡してしまったため、こっちにあるのは文選集注のみだとか。
  • 附属の図書館の分類はたぶんNDC。でも図書記号が館内独自のようだった(正確な所は不明)。排列法は用途によって分かれてる様子。シリーズもの多数。公開あり、貸出なし。マイクロ写真本が書庫に多数。
  • 古書店は古書の流通をして生計を立てるので、一度入手したら市場に流通させない公立の博物館に売ることを好まない場合もあるらしい。言われてみればなるほどと思う話。




今回は実質的に博物館に行ったようなものだけど、

図書館は著作権をめぐって大変だけど、
博物館は所有権をめぐって大変なんだなぁと思った見学でした。

なかなかおもしろい収穫だった。

0 件のコメント:

コメントを投稿